シャットアウト政治を止めたい ― 2006/09/12 16:38
安倍氏の討論を聴いていると、いつも顔をしかめたくなる場面が有る。
それは、相手に政策の曖昧さや矛盾点を指摘される場面だ。
その瞬間、安倍氏は目を剥いて反論するのだが、決して議題の本質を論じることはなく
逆に相手の弱点を指摘したり、1か0かの極論で自分を正当化しようとするのだ。
つまり、真正面からの議論を白日の下に展開することは決してせず、
華々しく言葉の断片を撒き散らすが、批判の声と真摯に向き合うことが無い。
これは小泉流「居直り」手法そのものだ。
イメージのみで「なんとなく」支持を集める大衆扇動者にとって
本音をぶつけ合う議論ほど苦手なものはないのだろう。
しかし、ただ相手を黙らせるだけの、こうした「シャットアウト手法」の蔓延は
健全な議論の土壌を腐らせるばかりか、長いものに巻かれるのが最上の選択だ
という風潮を生み、日本の民主主義を死に追いやってしまう。
今の自民総裁選の状況も含め、こんな異様な政治を選択し続けているのは、
他ならぬ国民自身なのだということを、我々はもう一度思い出さなければならない。
それは、相手に政策の曖昧さや矛盾点を指摘される場面だ。
その瞬間、安倍氏は目を剥いて反論するのだが、決して議題の本質を論じることはなく
逆に相手の弱点を指摘したり、1か0かの極論で自分を正当化しようとするのだ。
つまり、真正面からの議論を白日の下に展開することは決してせず、
華々しく言葉の断片を撒き散らすが、批判の声と真摯に向き合うことが無い。
これは小泉流「居直り」手法そのものだ。
イメージのみで「なんとなく」支持を集める大衆扇動者にとって
本音をぶつけ合う議論ほど苦手なものはないのだろう。
しかし、ただ相手を黙らせるだけの、こうした「シャットアウト手法」の蔓延は
健全な議論の土壌を腐らせるばかりか、長いものに巻かれるのが最上の選択だ
という風潮を生み、日本の民主主義を死に追いやってしまう。
今の自民総裁選の状況も含め、こんな異様な政治を選択し続けているのは、
他ならぬ国民自身なのだということを、我々はもう一度思い出さなければならない。
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